はじめに
2025年8月1日に日本公開されたディズニー＆ピクサーの最新作『星つなぎのエリオ』（原題: Elio）は、11歳の少年エリオ・ソリースが、ひょんなことから銀河系を股にかける壮大な冒険へと巻き込まれる物語である。ピクサー・アニメーション・スタジオが製作を手がける本作は、『リメンバー・ミー』や『私ときどきレッサーパンダ』といった過去の傑作で培われた、人間ドラマの深掘り、普遍的なテーマの追求、そして比類なき映像美の集大成として、公開前から大きな期待を集めている。孤独を抱える少年が宇宙の様々な異星人との出会いを通じて、自分自身の居場所を見つけ、成長していく過程を描く本作において、視覚的な魅力と物語の深みに加えて、観る者の心に深く響く感動と、多様性への理解を促すメッセージを紡ぎ出す上で不可欠な要素となっているのが、ロブ・シモンセンが手がけた劇伴と、日本のロックバンドBUMP OF CHICKENが担当する主題歌「リボン」をはじめとする、卓越した音楽表現である。本稿では、『星つなぎのエリオ』の音楽が、どのように映画のテーマ性、登場人物の心理、そして広大な宇宙の壮大さを鮮やかに浮き彫りにし、作品全体の芸術的価値を盤石なものにしているのかを、多角的な視点から考察する。
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ロブ・シモンセンのスコア：孤独と探求、そして宇宙の壮大さを描く音のパレット
ロブ・シモンセンが手掛けた『星つなぎのエリオ』の劇伴は、主人公エリオの内面的な旅路と、彼が足を踏み入れる広大な宇宙のスケールを、見事に音楽で表現している。シモンセンは、エリオの繊細で内向的な性格、そして彼が抱える孤独感を、抑制の効いた、しかし感情豊かなメロディとハーモニーで彩る。物語の序盤、エリオが地球での居場所を見つけられずにいる場面では、彼の内省的な心情を反映するかのような、どこか物悲しくも温かみのあるピアノやストリングスの音が印象的に用いられる。これらの楽曲は、観客がエリオの孤独に共感し、彼の心の奥底にある願いを感じ取る手助けをする。
一方で、エリオが「コミュニバース」と呼ばれる銀河間連合へと転送され、未知の宇宙に足を踏み入れる場面では、音楽は一転して壮大で神秘的な響きを帯びる。シンセサイザーの広がりと、オーケストラの重厚な響きが融合し、宇宙の無限の広がりと、そこに潜む驚きや危険を表現する。異星人たちとの出会いでは、それぞれの種族の特性や文化を反映するかのような、ユニークな音色やリズムが用いられ、視覚的な多様性を聴覚的にも補完する。シモンセンは、伝統的なオーケストレーションと現代的な電子音楽を巧みに融合させることで、普遍的な感動と、SF的な革新性を同時に表現することに成功している。彼のスコアは、エリオの心の変化、彼が築き上げる友情、そして直面する危機と解決の全てを、聴覚的に支え、観客の感情を物語の展開と共に揺り動かすのである。
テーマ性豊かなモチーフの展開と感情の深化
シモンセンの劇伴は、物語の主要なテーマやキャラクターに特定の音楽的モチーフを割り当て、それを巧みに展開させることで、感情の深化と物語の理解を促している。エリオの「孤独」や「居場所探し」のテーマは、初期には静かで内向的なメロディで表現されるが、彼がコミュニバースでグロードンをはじめとする異星人たちと絆を深めるにつれて、そのモチーフは次第に温かみや力強さを増していく。これは、エリオが他者との繋がりを通じて自己肯定感を育み、「本当の居場所」を自ら築いていく成長の軌跡を、音楽的に象徴している。
また、「コミュニバース」や「多様性」のテーマは、多種多様な楽器や音色が複雑に絡み合いながらも、最終的には調和を保つことで表現される。異なる異星人の文化を示す独特のリズムや民族楽器の響きが、一つのオーケストレーションの中で共存し、互いを尊重し合うコミュニバースの理想像を音楽で描き出す。これらのモチーフは、物語の展開に合わせて変奏され、時には緊張感を高め、時には安堵感や達成感を表現し、観客の感情の起伏を細やかに誘発する。音楽が持つこのような物語への寄り添い方は、視覚情報だけでは伝えきれない登場人物の心情や、宇宙の深淵に秘められたテーマを、音という形で豊かに表現し、観客の心に深く響く感動をもたらしている。
映像との完璧な調和：没入感を高める音響デザイン
『星つなぎのエリオ』における音楽は、単なる背景音楽にとどまらず、映画全体の音響デザインと一体となって、観客をエリオの宇宙冒険へと深く没入させる。ピクサー作品に共通する、緻密な音響設計は本作でも健在であり、宇宙空間の静寂、異星人の独特な声、そして彼らの文明が発する環境音までが、音楽とシームレスに融合している。例えば、エリオが宇宙へと転送される瞬間や、未知の惑星に着陸する場面では、視覚的なインパクトと音楽の壮大さが相乗効果を生み出し、観客はまるでその場にいるかのような臨場感を味わうことができる。
音響は、物語のテンポやリズムを決定づけることで、感情の緊張感や解放感、驚きや感動といった波を巧みに誘導する。特定のシーンで音楽が抑制され、環境音やキャラクターの声に焦点を当てることで、静寂が持つ情感が際立ち、観客の感受性を高める。逆に、感情が最高潮に達する場面では、音楽が映像と一体となって爆発的なエネルギーを放ち、観客の心を揺さぶる。このような音楽と映像の完璧な調和は、本作が持つ視覚的な魅力を最大限に引き出し、観客をエリオの心の旅へと深く誘い込み、比類なき感動体験を提供することに成功している。
BUMP OF CHICKEN「リボン」が結びつける希望の旋律
日本版主題歌として起用されたBUMP OF CHICKENの「リボン」は、『星つなぎのエリオ』の核となるメッセージを音楽的に表現し、物語の感動を一層高める重要な役割を担っている。BUMP OF CHICKENは、その歌詞に込められた深いメッセージ性と、心を揺さぶるメロディで、多くの人々に共感を呼んできたバンドである。「リボン」は、絆、繋がり、そして孤独を越えて他者と心を通わせることの尊さを歌い上げており、まさにエリオとグロードンの間に育まれる友情、そしてエリオがコミュニバースで得ていく居場所の感覚を、音楽的に表現している。
楽曲が持つ温かみと力強さは、エリオが宇宙で経験する困難を乗り越え、自分自身の存在意義を見出していく過程を優しく包み込む。特に、映画のエンディングで流れるこの曲は、物語の余韻を深め、観客がエリオの旅路から得た希望や感動を心に刻み込む手助けをする。BUMP OF CHICKENの楽曲が持つ、聴く者の心に寄り添い、そっと背中を押すようなメッセージ性は、『星つなぎのエリオ』が持つ「一人じゃないこと」の温かさや、「違いを認め合う」ことの素晴らしさと見事に共鳴し、作品全体にポジティブな光を投げかけている。この主題歌の存在は、映画の感動を一層深いものにし、観客に忘れがたい余韻を残すのである。
結論：音の響きが示す普遍的な「繋がり」の物語
映画『星つなぎのエリオ』における音楽は、単なる付属物ではなく、作品の核心を成す重要な芸術要素である。ロブ・シモンセンによる緻密で感情豊かな劇伴は、主人公エリオの内面的な成長と広大な宇宙の壮大さを描き出し、物語に深い感情的奥行きを与えている。また、日本のロックバンドBUMP OF CHICKENによる主題歌「リボン」は、作品の持つ普遍的なメッセージ、特に「繋がり」と「居場所」の尊さを力強く歌い上げ、観客に深い感動と希望をもたらしている。
これらの音楽は、映画の卓越した映像美と見事に調和し、観客をエリオの宇宙へと深く誘い込み、比類なき感動体験を提供することに成功している。音楽が映画にもたらす多層的な効果は、『星つなぎのエリオ』が単なるSFアドベンチャーアニメーションに留まらず、世代や国境を越えて人々の心に響く、普遍的な価値を持つ作品として高く評価される所以の一つである。本作の音楽は、孤独を乗り越え、自己を肯定し、多様な存在と繋がりを築いていくエリオの心の旅を、最も純粋で感動的な形で彩り、未来へと語り継がれるべき音の遺産として、その価値を輝かせ続けるであろう。
