実物セットとVFXが融合した映像の魔法
映画『ウィキッド ふたりの魔女』は、ジョン・M・チュウ監督の卓越した演出、インダストリアル・ライト&マジック(ILM)とフレームストアによる視覚効果、そして実物セットを重視した美術設計によって、圧倒的な映像体験を生み出している。2022年12月にイギリスで撮影が開始され、2023年のSAG-AFTRAストライキで一時中断したものの、2024年1月に撮影を終了し、同年9月19日にポストプロダクションが完了した。本記事では、本作の映像制作技術、演出手法、美術、音楽などを詳細に分析していく。
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ジョン・M・チュウ監督の演出哲学——ミュージカル映画の王道
ジョン・M・チュウ監督は、『クレイジー・リッチ!』『イン・ザ・ハイツ』で知られる、アジア系アメリカ人監督である。特に『イン・ザ・ハイツ』でのミュージカル映画の手腕は高く評価されており、本作でもその経験が活かされている。チュウ監督の演出哲学は、「ミュージカル映画の王道」を守ることである。歌唱シーンでは、カメラが躍動的に動き、編集がリズミカルで、観客を物語に引き込む。『イン・ザ・ハイツ』で培った技術が、本作ではさらに洗練されている。特に印象的なのは、長回しと編集のバランスである。ダンスシーンでは、ダンサーの動きを捉えるために長回しが使われるが、感情的なシーンでは、クローズアップとカットを駆使して感情を増幅させる。この使い分けが、作品に緩急を与えている。
また、チュウ監督は、実物セットにこだわっている。CGIに頼るのではなく、実際のセットを建設し、俳優たちがその空間で演技することを重視している。シズ大学のキャンパス、エメラルドシティの街並み、オズの魔法使いの宮殿——これらは全て実物のセットとして作られた。この選択は、俳優たちのパフォーマンスを向上させるだけでなく、映像にリアリティを与えている。CGIで作られた背景では、俳優たちは想像力に頼らなければならないが、実物のセットがあれば、その空間を感じながら演技できる。シンシア・エリヴォとアリアナ・グランデも、実物セットの重要性について語っている。特にエメラルドシティのセットは、その豪華さと細部へのこだわりが圧倒的で、俳優たちもその美しさに感動したという。チュウ監督の演出哲学は、技術と人間性のバランスを取ることであり、その哲学が本作の映像クオリティを支えている。
回転セットを使った「Dancing Through Life」の驚異
本作の映像ハイライトの一つが、「Dancing Through Life」という楽曲のシーンである。フィエロ(ジョナサン・ベイリー)が歌うこの曲は、舞台版でも人気のナンバーだが、映画版ではさらにスケールアップされている。最も印象的なのは、回転するセットを使った演出である。巨大な図書館のセットが実際に360度回転し、その中でダンサーたちが踊る——この視覚的驚異は、観客を圧倒する。カメラは、回転するセットと共に動き、ダンサーたちを追う。この一体感が、シーンに独特のダイナミズムを与えている。批評家たちも、このシーンを「2回目に観たときの方が細部の動きまで感動が大きかった」と評価している。細部まで計算された振り付けと、セットの動き、カメラワークの統合が、このシーンを映画史に残る名場面にしている。
このシーンの制作には、膨大な準備と技術が必要だった。回転セットは、実際に建設され、安全性が徹底的にテストされた。ダンサーたちは、回転するセットの中で踊る訓練を受け、タイミングを完璧に合わせる必要があった。また、照明も重要である。回転するセットの中で、影や光がどう変化するかを計算し、美しい映像を作り出している。ジョン・M・チュウ監督は、このシーンについて「映画でしかできない表現を追求した」と語っている。舞台版では、物理的な制約があるが、映画では回転セットという大胆な演出が可能になる。この映画ならではの表現が、観客に新鮮な驚きを与えている。「Dancing Through Life」のシーンは、ミュージカル映画の可能性を示す、革新的な演出である。技術と芸術の融合が、このシーンを特別なものにしている。
「Defying Gravity」のクライマックス——空を飛ぶ魔女の映像美
本作の最大のハイライトが、「Defying Gravity」(重力に逆らって)のシーンである。エルファバが、オズの魔法使いに逆らうことを決意し、空高く舞い上がる——この場面は、舞台版でもクライマックスとなっているが、映画版ではさらに拡張され、圧倒的なスケールで描かれている。シンシア・エリヴォの歌唱は圧巻で、高音のロングトーンは観客を魅了する。映像面でも、この場面は映画の技術力を最大限に発揮している。エルファバが徐々に地面から浮き上がり、夕暮れの空へと舞い上がる様子が、美しく描かれる。緑色の雷が雲を裂き、彼女のマントが風になびきながらさらに大きく広がる——この映像は、自由と解放の象徴である。ILMとフレームストアのVFXチームが、この場面のために特別な技術を開発した。
舞台版では、エルファバ役の俳優が「チェリーピッカー」と呼ばれる装置で空中に持ち上げられる演出があり、映画版もこれへのオマージュとなっている。しかし、映画ではカメラの自由度が高いため、エルファバの視点からの映像や、遠くから全体を捉えた映像など、多角的な視点が可能になる。特に印象的なのは、エルファバが雲の上に出る場面である。夕暮れの空、オレンジと紫に染まった雲、そしてその上を飛ぶ緑の魔女——この映像は、息を呑むほど美しい。このシーンは、第1部のフィナーレとして機能し、「To be continued…」というタイトルカードで締めくくられる。観客は、この圧倒的なクライマックスの後、続編への期待を胸に劇場を後にする。「Defying Gravity」のシーンは、ミュージカル映画史に残る名場面であり、技術と芸術が完璧に融合した瞬間である。
1939年版『オズの魔法使』へのオマージュの数々
本作には、1939年のMGM映画『オズの魔法使』へのオマージュが随所に散りばめられている。わかりやすいものから、超マニアックなものまで、様々なレベルの参照がある。最もわかりやすいのは、色彩設計である。1939年版では、カンザスはモノクロで描かれ、オズの国はカラーで描かれる。本作でも、色彩が物語の重要な要素となっている。エメラルドシティの緑、グリンダのピンク、エルファバの緑——これらの色は、1939年版を意識したものである。また、キャラクターのデザインも、1939年版を参照している。グリンダのドレスは、1939年版の「善い魔女」グリンダのドレスを現代風にアレンジしたものである。エルファバの帽子も、1939年版の「西の悪い魔女」の帽子を思わせる。
より細かいオマージュとしては、セリフや小道具の参照がある。例えば、「There’s no place like home」という『オズの魔法使』の有名なセリフが、本作でも言及される。また、ドロシーの赤い靴が、本作でも重要なアイテムとして登場する。これらのオマージュは、『オズの魔法使』のファンにとっては嬉しいサプライズであり、作品への愛を感じさせる。ジョン・M・チュウ監督は、「映画の歴史へのリスペクト」として、これらのオマージュを意識的に配置している。1939年版『オズの魔法使』は、映画史において重要な作品であり、技術的にも革新的だった。カラー映画の初期の傑作として、今も多くの人々に愛されている。『ウィキッド』は、その偉大な作品に敬意を払いながら、新たな物語を紡いでいる。オマージュの数々は、映画の歴史の連続性を示しており、観客に感慨を与えている。
161分の長尺を感じさせない編集とテンポ
本作は161分という長尺だが、多くの批評家が「長さを感じなかった」と評価している。この成功には、編集とテンポの巧みさがある。編集を担当したのは、マイロン・カースタインである。彼は、ジョン・M・チュウ監督と『イン・ザ・ハイツ』でも組んでおり、ミュージカル映画の編集に長けている。本作の編集で特徴的なのは、歌唱シーンと会話シーンのテンポの使い分けである。歌唱シーンでは、音楽のリズムに合わせてカットが入り、躍動感が生まれる。一方、会話シーンでは、キャラクターの感情を伝えるために、長めのショットが使われる。この緩急が、作品に変化を与え、観客を飽きさせない。また、物語の構成も重要である。本作は、エルファバとグリンダの出会いから、二人の友情の深化、そして別れへと向かう明確なアークを持っている。この構造が、物語に推進力を与えている。
興味深いのは、ポストプロダクション作業において、ジョン・M・チュウ監督がApple Vision Proを使用して、編集者のマイロン・カースタインとリモートで作業を行っていたという点である。この最新技術の活用が、効率的な作業を可能にした。また、音楽も編集において重要な役割を果たしている。スティーヴン・シュワルツの楽曲は、物語の感情を増幅させ、シーンの転換をスムーズにする。音楽と映像が一体となることで、ミュージカル映画としての完成度が高まっている。批評家たちは、「合間のドラマもテンポ良し。キャストの力量もあって長尺を感じず」と評価している。俳優たちの演技力、歌唱力が、作品を支えており、観客は物語に没入する。161分という長さは、物語を丁寧に描くために必要だったのであり、その選択は正しかったと言えるだろう。『ウィキッド ふたりの魔女』は、技術と芸術が完璧に融合した、現代ミュージカル映画の傑作である。
まとめ
映画『ウィキッド ふたりの魔女』は、ジョン・M・チュウ監督の卓越した演出、ILMとフレームストアによる視覚効果、実物セット重視の美術設計、そして緻密な編集技術によって、圧倒的な映像体験を生み出している。回転セットを使った「Dancing Through Life」、空を飛ぶ「Defying Gravity」のクライマックス、1939年版『オズの魔法使』へのオマージュ——これら全てが統合されることで、映画史に残る傑作が誕生した。本作は、映像制作技術の面でも高く評価されるべき作品である。




