ちむどんどん房子と三郎の関係!比嘉家との因縁とは何!

朝ドラ

朝ドラ「ちむどんどん」で、暢子(黒島結菜)は上京して、沖縄にゆかりの深い横浜市鶴見区に住みます。

ニーニーを頼りに上京したのに、賢秀は借金をして行方不明、途方に暮れていた暢子が三線の音色で、鶴見の沖縄県人会の会長の平良三郎(片岡鶴太郎)と出会い助けられます。

住むところも働く場所も決まってなかった暢子に紹介してくれます。

 

三郎は料理人になりたい暢子に東京銀座のイタリア料理店「アッラ・フォンターナ」を紹介します。

三郎が書いた紹介状には「賢三の娘です」の文字!!!

 

レストランのオーナーの大城房子(原田美枝子)は、遠い目をしている。

あおい
あおい

賢三と房子、平良三郎は過去に何かあった雰囲気…

 

房子は、賢三のおばだったことが判明しました!6月8日放送

しかも賢三が房子を裏切っていた…

 

そこで、ちむどんどんの房子と三郎、賢三の関係についての疑問に答えます。

  • 平良三郎と大城房子の過去の関係は?
  • 房子と比嘉家の因縁とは
  • 大城房子は賢三のおば?→おばでした
  • 平良三郎の過去は
  • 暢子はどうなる?

平良三郎と大城房子の過去の関係は、ちむどんどんの後の展開に大きく関わる伏線になります。

 

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ちむどんどん房子と三郎の過去の関係は?

平良三郎(片岡鶴太郎)と大城房子(原田美枝子)の関係は、房子が三郎のことを好きだったが、三郎が他の人(今の奥さん)と結婚してしまった。

(6月17日の放送で判明)

三郎と房子は、結婚を誓い合うような仲だったのではないでしょうか。

しかし、房子がイタリアに修行に行っている間に結婚してしまったと予想します。

2人は横浜生まれの沖縄2世で、沖縄には住んだことがない。

俳優さんの年齢的にも片岡鶴太郎さんは67歳、原田美枝子さんは63歳

苦労を見てきた幼なじみ?お互いに初恋の相手とか?

 

あおい
あおい

三郎の奥さんは、房子の名前が出た時、ちょっと嫌そうな顔をしてましたし!!!

三郎は、料理人になりたい暢子に房子のレストランを紹介しています。

しかも紹介状に「比嘉賢三の娘です」と書いていた!!!

 

2人の過去や関係の謎は、暢子がずっと疑問に思っていることで、謎のまま描かれていきます。

感動の伏線になるのかな。

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房子と賢三の因縁とは

 

房子は、実は比嘉家とも因縁があります。

賢三は若い頃、必ず帰ってくると房子に約束して沖縄に行きましたが、東京に帰ってきませんでした。

だから、房子は裏切られたと思っていた。

その頃、きっと優子(仲間由紀恵)と出会って結婚、沖縄に住んだと思っていた。

優子と歌子が上京した時に、優子が房子に会いに行って話をして知りました。6月17日の放送

 

賢三が亡くなって、第2週の放送では、東京に住んでいる賢三(大森南朋)のおばから「子どもの一人を預かってもいい」という手紙が来ました。

 

親戚のおじさん(石丸謙二郎)が言うには、金の亡者で会ったこともない!

 

そこで、比嘉家と因縁のある大城房子が賢三のおばでした。

暢子が東京へ行くことになりましたが、寸前で行かなかった。

 

この房子と比嘉家の因縁と同時に、比嘉家の両親の生い立ちや出会いも語られます。

鶴見に住んでいたことがあり、大工やいろいろな職業をやったと話していた賢三(大森南朋)と実家が食堂をしていたという優子(仲間由紀恵)の出会いも語られることでしょう。

賢三は沖縄3世で、自分のルーツをたどって沖縄に行って、優子に出会ったのではないでしょうか。

 

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大城房子の過去は

大城房子(原田美枝子)は、暢子が勤める東京銀座のイタリア料理店「アッラ・フォンターナ」のオーナーです。

イタリアで修業したたたき上げの料理人です。

独裁的で厳しいですが、暢子を過去の自分と重ねて、愛情と期待を持って指導します。

 

房子は、横浜で生まれた沖縄2世

戦後の闇市のおでん屋から道を切り開いて、銀座にレストランを開きました。

女性が一人で生きてくには厳しい時代に、結婚をせずに生きています。

イタリアで修業した経験から、日本の文化を見つめ直したことで、いつも着物を着て凛とした雰囲気。

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平良三郎の過去は

平良三郎(片岡鶴太郎)は、情に熱い沖縄県人会の会長です。

暢子の東京の父と言えるような存在になります。

 

沖縄から鶴見に上京してきた両親に育てられた沖縄2世

若い頃は親に反発して、ケンカばかりしてきました。

 

しかし、親から引き継いだ沖縄県人会の会長をしています。

しかも生まれも育ちも鶴見なので、沖縄言葉は話せません

 

でも、沖縄のミンサー織の帯をしていたり、三線を弾いたり、懐中時計にシーサーがついていたり、沖縄への憧れや思いがにじみ出ています。

どこか哀愁を背負っていて、房子との関係が気になりますね。

 

いくつもの会社を持っている三郎

暢子の父親の賢三(大森南朋)は、鶴見に住んでいた。

暢子が三郎に出会った時、賢三の名前を聞いて、三郎の奥さんがハッとした顔をしました。

 

暢子のように三郎のお世話になった繋がりがありそうですよね。

 

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