はじめに
2021年、突如公開され、世界中の読者を涙の渦に巻き込んだ漫画「ルックバック」。
そして2024年、その鮮烈な物語が、劇場アニメーション映画「ルックバック」としてスクリーンによみがえりました。
この作品は藤本タツキ原作の漫画を原作とした2024年6月28日公開の日本のアニメーション映画で、監督・脚本・キャラクターデザインを押山清高が務め、制作はスタジオドリアンが担当しています。
上映時間は58分で、一般的な長編映画よりも短めですが、劇場公開されています。こちらもチェック!
「漫画を描くこと」に青春をささげた二人の少女の物語は、観る者の胸を締め付けると同時に、創作の喜びと苦しみ、そして喪失と再生といった、普遍的なテーマを私たちに問いかけてきます。
日本語のタイトル「ルックバック」は、シンプルながら、物語の核心を突く秀逸なネーミングと言えるでしょう。しかし、原作者である藤本タツキが込めた真意は、さらに深い場所にあるように感じられます。
今回は、タイトル「ルックバック」が示唆する意味を深掘りし、作品全体に散りばめられたメッセージを読み解きながら、「ルックバック」が私たちに投げかける、創作の光と影に迫っていきます。
「ルックバック」– そこにある、幾重もの意味
「ルックバック」英語で“振り返る”という意味を持つこの言葉は、そのまま、物語の主人公である藤野と京本の歩みを表しています。
小学生時代、お互いの存在を知りながら、異なる道を歩み始めた二人。そして、運命的な再会を果たし、共に漫画を描く喜びを分かち合う日々。
しかし、京本の身に起きた悲劇は、二人の未来を永遠に変えてしまうのでした。
「もしも、あの時、違う選択をしていたら…」
「ルックバック」という言葉には、過去を懐かしむ気持ち、やり直したいという後悔、そして、あの頃の自分を見つめ直すという意味も込められているのではないでしょうか。
もう一つの「ルックバック」– 京本が見ていた景色
作品終盤、藤野は、京本の部屋で一枚の絵を見つけます。それは、かつて二人が通っていた美術予備校の風景を描いたものでした。
しかし、藤野はすぐに違和感を覚えます。絵の中の風景は、藤野が見ていたものとは違っていたからです。
「そうか…京本はずっと、私の背中を見ていたんだ…」
この瞬間、「ルックバック」という言葉は、新たな意味を持つことになります。それは、京本が藤野に抱いていた秘めた想い、そして、藤野の創作活動を陰ながら支え続けていたという事実。
「ルックバック」という言葉は、単に過去を振り返るだけでなく、もう一人の「誰か」の存在、そして、その人が見ていた景色に思いを馳せるという意味も含まれているのではないでしょうか。
「ルックバック」が問いかける、創作の原動力「ルックバック」は、創作活動における「原動力」についても、深く問いかけています。
藤野にとって、漫画を描くことは、当初、クラスメイトを楽しませるための手段でした。しかし、京本の圧倒的な才能を目の当たりにしたことで、彼女の心境は大きく変化します。
「京本に追いつきたい、いや、追い越したい」ライバル心、そして、認められたいという承認欲求。
こうした感情は、時に、人を大きく成長させる原動力となります。しかし、同時に、嫉妬や焦りといった負の感情を生み出す危険性も孕んでいるのではないでしょうか。
「ルックバック」が私たちに遺すもの
「ルックバック」は、決して明るいだけの物語ではありません。
理不尽な暴力によって、未来を奪われた京本の悲劇は、観る者の心を深く抉ります。
しかし、この作品は、決して絶望だけを描いているわけではありません。
京本の死後も、藤野は漫画を描き続けます。それは、京本と過ごした日々、そして、京本の遺した作品が、藤野の心の支えとなっていたからです。
「ルックバック」は、私たちに、「創作とは何か」「生きるとは何か」という、普遍的な問いを投げかけます。
そして、その答えは、観る人それぞれの中に見出すべきものなのかもしれません。
「誰かの背中を押す力」 — 「ルックバック」が描く希望
「ルックバック」は、喪失と再生の物語です。
理不尽な暴力によって、未来を絶たれた京本。
残された藤野は、深い悲しみと喪失感に襲われます。
「もう漫画を描くことなんてできない…」
京本のいない世界で、藤野は自分の存在意義を見失いそうになります。
しかし、そんな藤野を再び創作の世界へと導いたのは、皮肉にも、京本の死がきっかけでした。
京本の残した作品、そして、京本が藤野に託した想い。
それらに触れることで、藤野は再び漫画と向き合う勇気を取り戻していくのです。
「ルックバック」は、単に過去を振り返るだけでなく、未来に向かって歩み出すための物語でもあります。
誰かの死を乗り越え、新たな一歩を踏み出す。それは、私たち誰もが経験するかもしれない、人生における大きな試練です。
「ルックバック」は、そんな試練に立ち向かうための、ささやかな希望を与えてくれる作品と言えるのではないでしょうか。